倒れてから41日目 玄米菜食と美食の是非?
痛みは引き続き無く、体重は71kg前後で安定して推移。食事は、玄米、野菜の他に、秋刀魚や果物を少しずつ食べる。友人の「うどん店」が近くにオープンしたので、この10日ほどの間に4回、ぶっかけうどん、ごまだれうどん、きつねうどんの他、さつま揚げ、きびなごの素揚げを腹いっぱい食べた。それでも体重は、食後に73kg台になるが、朝には71kgに戻る。
9月7日(木)には、仕事で新潟小出に行き、お客さんのお店で「冷やし中華と餃子」を食べた。ほんの少しだが餃子で「肉」を食した。新潟のお客さんも、体調を壊したときに「玄米菜食」を実行し、10kg近く痩せていくら食べても太らなかったが、「不味く」感じていたそうだ。「玄米菜食」が美味しくなく感じていたとき、「ラーメン」を食べてすごく美味しく感じ、それっきり美酒美食のグルメ志向へ転向したそうだ。50歳代の方だが、今では腹がボコンと膨らんでいる。でも、お元気で精力的に働いておられる。
昨日は、隣家、友人たち9人で秋刀魚、トウモロコシ、かぼちゃを炭火で焼き、ビール、ワインを呑み、仕上げに玄米飯に梅干,大葉。デザートに、スカラベの新製品ー鮮度保持冷蔵庫ー「ライテクト」に16日間入れた「八色スイカ」のメニューでの会食会だった。僕は「ビール」を一口飲んだが、美味しく感じなかった。
我々の人種は、縄文以降1万年の期間、穀物と野菜中心の食を重ねながら、1000年前?あたりから、ぬか漬・味噌汁・納豆・干魚小魚を副食にした暮らしを定着させた。それが50年ほど前1960年代から肉食志向に変わり農薬・抗生物質が生産現場に大量投入される。1980年代からは外食が急進し食品添加物、防腐剤が浸透、農業・畜養漁業では、大量の農薬・抗生物質が浸透し、分解消化できない「化学物質」を体内に蓄積し始める。さらに1990年代ハセップにより殺菌が「善」とされると、有用菌までも「殺菌」することが日常化。殺菌漬けの食生活が知らぬ間に浸透。食あたりで腹を壊したらすぐに営業停止になるが、ゆっくりと体内機能を劣化させる添加物による癌やアトピーや冷えなどのによる面倒な病気を引き起こしても罰せられることはない。だからともかく殺菌中心、添加物入りの食品が出回る。サラダパックや干物、果ては梅干しに至るまでまでに浸透している。殺菌のため腐敗もしないが味も無い。食味食感は「添加物」にたよるので人間本来の味覚能力も壊れる。五感を有効に働かせるチャンスが、日常生活から失われることになる。
以前、「はなまるうどん」で昼食に、安く美味しく早いので「ごぼうてんぷらうどん」と「牛丼」を食べていた。それが「BSE」で「豚丼」になった時、「牛丼と豚丼」の味が同じでびっくりした。肉は味がなく添加物で仕上げた「タレの味」で食べていたのだ。牛肉の味だと感じていたものは調味料の味だった。味が解かるほうだと思っていたが全くダメな味覚音痴人間だと判明。
仕事として作っている人たちは、食材の生産現場を知っちゃうと「怖くて、食べられない」という人が多い。とてもおかしな事だ。自分が食べたい、愛するものに食べさせたい物作りが、基本になるべきなのに、儲けのために、簡単に、安い材料で見かけ「安全」な商品を大量に流通させることが「第一目的」になっている。これぞ「亡・生命」の極みだ。
腐ったもの、食べるとやばそうなものは、見たり、嗅いだり、口に入れたりしたら解るものだ。「消費期限」で判断する考えは、身体能力をもダメにする。「腹を壊すと抵抗力が生まれ慣れてくる」のは常識だ。「水が変わると慣れるまで何回か下痢するが、1箇月以内には慣れてくる。それから現地の人に認められて仕事に協力してもらえる」-という話は、東南アジアに転勤した方から常に聞く。国を挙げての、言い分け先行の「五感バカづくり」から脱皮を考えることが大切に思う。
添加物、農薬、殺菌剤は、すぐに症状が悪化しないが、解かったときは手遅れだから始末が悪い。「食育教育」も大事だが「食農学習」「自作自食」で本来の生命の在り様を学びたい。
中国の「食の向上」で「高級食材消費」が急激に増えているそうだ。欧米でもヘルシー志向で肉も魚の消費が増えるそうだ。今までのように金出せば輸入できるというわけにはいかなくなるという。 それは結構な事だ。今の日本は食いすぎ捨てすぎだ。パニックにさせてはならない。そうまでして「食わなきゃいい」―と思えばいい。
地産地消。自給率100%の食農政策は、充分可能なはずだ。日本は温暖で、降雨量も充分出し、地味も優れているし、豊穣な海に囲まれ、すぐれた生産技能を持っているのだから。地球環境の改善にも、生命力向上にも、とても良い。