2003年の別離
今年、とても身近な別れが続いている。嫌な思いが残った
別れ。辛いけれど良かったなと思える別れ。突然病魔にさらわれた別れ。心身が壊滅してしまうほどの別れ。―
(この世との別れが身近になっているのだろう)
あと10~20年は生きるだろう(10~20年後には死去する)。46歳の時「どう生きるか」は同時に「どう死ぬか」になった。それから10年、3581日。6月28日。
19歳の暗い夜。浅草の卑猥な雑踏は温かく救いだった。昨日の渋谷の『マツキヨ』や『ビックリカメラ』の呼び込み、『中高生の嬌声』に「うるっせいな!」と感じるている自分に「老い」を感じた。
「この世も人も思うようにならない」と嘆くほどガキでもないし倣岸でもない。この世のあり方・人の世のあり方にコミットしたいとずっと感じ考えてきた。「ずうっと内気でいた15歳まで」を過ぎて、自身の心が目覚め、自己探しに夢中になってからだ。そして自己探しは世界を知りたい・社会に役立ち認められたいをも包含するように「成長」した。5回脱皮した。
そして「万物流転!」・すべてが躍動し留まる事のない「自然のリズム」にあり、「思ったその時・その処」が宇宙の中心・自己の中心なんだということもしみじみ知った。「喰う・飲む・寝る・出す」が生命体のリズムの根幹だと気ずいた。宗教的には恐いもの無しだ(=だらけだ)。そして「卑小に生きる」ことが愛しい大切な事だと思った。
社会を律する考えには『仁・義・礼・智・信』『スベテは金・利益』『快楽』『節度』などいろいろあるがどれも当てにならない。
時として「自分が一番何を求めているのか」を自らに聞きながら生きてきた。でも、いつも「夢中」で解からず求めるものが「一言」にならないできた。それが死を前にして見えたらいい。50年前の親との別れは自分で仕掛けたものではない。10年前の息子との別れは僕の思いと力を集中すれば回避できた。今年の別れは無理のし過ぎと僕の病み(闇)が招いた。まだ晴れない。
今日はすごくつらいこと、悲しい事、かすかに嬉しい事が体中に張りついている。根底がまた変わる予感がする。リセット「ゼロ」!
「さようなら」「再会」「グッドバイ」と見えなくなるまで手を振ろう。
それぞれが新たな出会いと道を持つだろう。幸いあれ!と祈り続ける。合掌。